細川 元全(ほそかわ もとよし)は、戦国時代の武士。通称は源五郎、後に刑部。『尊卑分脈』には名を元慶とするが、現存する発給文書の署名は全て「元全」である。

略歴

細川遠州家(上野氏)の細川勝益の三男として誕生。叔父である細川元治(玄蕃頭家)の養子となる。

永正の錯乱では養父に従って細川澄之討伐や細川高国擁立に加わる。その後、玄蕃頭家の家督を譲られるが、実権は養父が握っていた。永正8年(1511年)には京都にある元全の邸宅から出火している。永正12年(1515年)頃に通称を刑部に改める。

大永3年(1523年)に養父に先立って38歳で死去。

脚注

参考文献

  • 馬部隆弘「細川国慶の出自と同族関係」(初出:『史敏』通巻9号(2011年)/所収:馬部『戦国期細川権力の研究』(吉川弘文館、2018年) ISBN 978-4-642-02950-6)

父は「細川亨」 球界代表する元捕手の娘・愛倫が芸能界入りチャレンジ「いつか始球式を」:「おっ!」でつながる地元密着のスポーツ応援メディア

細川元首相、展覧会収益で支援 ウクライナ「人ごとと思えず」47NEWS(よんななニュース):47都道府県52参加新聞社と共同通信のニュース

【2分歴史】『細川晴元の一生』【ゆっくりしていない解説】 YouTube

「俺、天狗になる!」半将軍・細川政元という男 日本の歴史を分かりやすく解説!!

細川政元←コイツ|あにまん掲示板